3月 25

地殻の破壊、茨城県沖で止まった…その理由は?
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110324-OYT1T00611.htm

海洋研究開発機構によれば、今回の地震の地殻破壊が茨城沖で止まったのは
この潜り込んだフィリピン海プレートがあったおかげらしい。
房総沖まで南下していた場合、関東南部の被害はもっと大きかったかもしれない。

 
そして、興味深いのがここから。

記事にある地図。潜り混んだフィリピン海プレートの北東端のラインを
千葉と茨城の方向へ、利根川沿いにそのまま続いてるとして引っ張ってみると
そこの両脇には、要石を祀った茨城・鹿島神宮と千葉・香取神宮がある。

■鹿島神宮(A)と香取神宮(B)の位置

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要石(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%81%E7%9F%B3)とは
wikiでもあるように、地震は大鯰が暴れているので、その頭と尾を石で釘刺し
抑えこむという、地鎮信仰の伝承に関するもの。元々はナマズではなく竜とも言われる。

元々この地域に地震が多いから、地鎮の意味で要石伝承というのは
生まれたんだろうけど、今回の地殻破壊の連鎖を止めたフィリピン海プレートと
北米プレートをつなぎとめるように立地している茨城・鹿島神宮と千葉・香取神宮
の位置関係は、科学と民俗学が結構な距離で接近している気がする。

 
鹿島神宮はタケミカヅチノカミ、香取神宮はフツヌシノカミが主祭神。
どちらも剣やら武神としての面があり、記紀神話(古事記と日本書紀の総称)でそれぞれ
分断されているけど、元々同一神格とされる。つまり両神宮は密な関係と読める。
そして、その剣が突き立てられ、大鯰や竜を抑え込んでいると伝えられる。

両祭神が勧請されて、剣という属性を持つため、これは地震の
抑えこみに使えるとして要石が作られたのか、要石がもともと
土着信仰としてあったところに両祭神が勧請されたのか。
また、何故、この10数kmの距離で、祭神が
日本書紀名と古事記名で分かれているのか。
ここらへんは民俗学の探求分野になるけど、興味深い。

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