9月 14

ブルース・スターリングよりさらに繊細な人の描写。
(自意識過剰の裏返しであるのを理解して文体としている?)

 
父の喪失、母の過保護と齟齬。

女性の直感性。広告屋の恋人に、失業後の面接官、母親…。

俺様系主役。

 
p89
″やつらは、おれのリンパ球は、そこに気づいたのだろうか?頭がいいことの、生きのびてゆくことの苦しみに?″

 
p104
ヴァージルは台のはしにこぶしをたたきつけた。
「やつらがそうさせたんだ! くそいまいましい遺伝子のやつらがだ!」
「なぜなんだ、ヴァージル?」
「これ以上われわれに頼らなくてもすむようにさ。自己中心的な遺伝子の極致だよ。ずっと、こっちはDNAが少しづつこっちのやったことに近づきつつあるだけなのかと思っていた。ほら、出現ってわけだ。お披露目パーティーさ。誰でもいい、誰かをそそのかして、欲しいものを与える気にさせるんだ」

進化を望むAIたる遺伝子が人間を作り上げたのは、自分たちをさらに進化させるための、考える入れ物・装置として作り上げたというSF着想。
つまり、ヴァージルは自分で考え出したと思っている思考するコンピューター細胞だったが、実はつくり上げるよう”遺伝子に、そう仕向けられていた” と気づく。
※瀬名秀明の『パラサイト・イブ』みたいですが、こっちの著書のほうが10年ほど先に発表されてます。そして、1983年にヒューゴー/ネビュラ賞のダブルクラウンを取ってます。

 
p288
われわれは物理学の法則を発見したというより、むしろ共作したのです。われわれの理論を過去の観察と照らし合わせているのは、われわれ自身であると同時に──(我々人間という宇宙の一部である存在を通して、自らを知ろうとしている)宇宙(自身)なのです。

この文脈の上で、ブラッド・ミュージックは終局へ向かって加速する。
ヴァージルの中で、増殖した自ら考える力を持つ細胞。存在。考える存在が、この宇宙に増えることによって宇宙はまた自らを発見することができる。遺伝子は動物から、人間を進化で作り上げ、その人間(ヴァージル)は考える細胞を発明した(そう仕向けられた)。
人の数、60億。そんな人間の一人ひとりの中に、数兆の考える存在が内包される可能性をヴァージルは作り上げた。ヴァージルの中で育った考える細胞は、リンパ球として血液にのって身体にめぐり、ヴァージルの体内を1つの宇宙・神と認知し、ヴァージルへ語りかける。やがて、その考える細胞たちはヴァージルの身体を乗っ取り、最後には人の形を失わせてしまう。この細胞は他者へ伝染し、他者も融け合い、地球全体が考える細胞たちで埋め尽くされて行く。
そして宇宙は自らを知り、変容していく ───

 
別著書より似た記述引用:
イリヤ・プリゴジン『混沌からの秩序』 p378
※散逸構造論でノーベル化学賞を受賞した科学者の著書

科学はあらゆる観察者の存在から独立していなければならないと、アインシュタインは強調した。ここからアインシュタインは、不可逆性や進化としての時間の実在を否定するようになった。これに対して、タゴールは、たとえ絶対的真理が存在しえたとしても、人間の精神には到達不可能であろうとの立場を取り続けた。非常におもしろいことに、現在の科学の発展は、この偉大なインドの詩人が述べた方向に進みつつある。実在をどう呼ぼうが、われわれが積極的に舞台装置を作ることによってのみ、実在はわれわれに姿を見せるようになる。このことはD・S・コタリが完結に表現している通りである。「単純な事実を1つ述べよう。どんな測定も実験も観察も、関連する理論的な枠組みが(自然の中に)なければ不可能である。」

つまり、何か新しい科学的・物理的事象を捉えるというのは、”それを捉えるための技術を構成できるだけの枠組みが、この世界にあるからこそ発見できる”。もっと砕いていえば、目という構造・枠組があったから、光という物理現象を私達は知覚することができた。記憶という構造・枠組みがあったから、時間の存在や、過去と未来の違いを認知できた、ということを言っているんだと思う。
新しい素粒子物理(先日のヒッグス粒子など)の発見は、その仮説理論を現実が保証し、そしてそれを観測するための装置を、その理論にのっとって作り上げた結果(=新しい”目”を作り上げた結果)見えてきた=その理論が自然の中にあったということになる。当たり前のことを書いているようだけど、逆にいえば、自然の中にない理論は発見しようがない=理論があるということは、自然がその現象を見るための理論・枠組みを与えてくれている、とも言える。

ここで前述の、「われわれは物理学の法則を発見したというより、むしろ共作したのです。われわれの理論を過去の観察と照らし合わせているのは、われわれ自身であると同時に──宇宙なのです。」は、この考え方を、さらに推し進めていったSF的発想に思えてくる。

上記と似たプリゴジンの論証は、p392にもある。
ブラッド・ミュージック著者のグレッグ・ベアもブルース・スターリング同様
イリヤ・プリゴジンの発見に影響されたんだろうか?

 
人も自然の一部であり宇宙の一部。その人間が自然を理解しようとするのは何故かへの、哲学的回答しているSFだった。
人という種を通して、宇宙も自身を知ろうとしている。アインシュタインの「世界について最も理解できないことは、世界が理解できるということだ」への解か。

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